もっと強い自分へ。挑み続ける北陸のstrongerたち。
vol.11 強豪を破り春高バレーベスト8。
バレー一筋で、将来の夢はVリーグ。

普通科
普通コース 3年

水島 健

普通科
普通コース 3年

水島 健

—今年1月の春高バレー(第70回全日本バレーボール高等学校選手権大会)では、 ベスト8の好成績でした!
はい。でも、ベスト8までいったのなら、もうひとつ勝ってベスト4に入りたかったです。

今年で勇退される牧野監督にとっては最後の試合になったんですが、ちょうど監督が指導者になって初出場した時にベスト8だったらしく、今回の勇退試合もベスト8というカタチになりました。

—近年の北陸男子バレーボール部の活躍は目覚ましいものがありますね。
自分たちの代のチームになって、最初の新人戦で優勝、インターハイ予選優勝、インターハイではベスト16に入りました。春高バレーは、県大会決勝で福井高校を破って12年ぶりに優勝し、全国大会では強豪を破ってベスト8までいくことができました。

春高バレー福井県大会決勝

—そのなかで、一番思い出深い試合はどれですか?
やっぱり、最後の春高バレーの全国大会ですね。一人ひとりが全力を出せた大会だったんじゃないかと思います。3回戦の相手は、国体で準優勝の長崎県のチームでしたが、それほど選手の身長が高くなくて、自分たちとバレーのスタイルが似ていたので、「全然勝てないわけではない」、「気持ちでいくぞ!」とみんなで士気を高めました。最初はリードされていましたが、中盤で逆転して勝つことができたのですごくうれしかったです。

—全国大会で勝ち進むのは難しいものでしたか?
全国大会の1回戦はフルセットまでいったんですけど、実力を出せていれば本当は2-0で勝てたと思っています。初戦は、会場の雰囲気に慣れなくて1セット目を取られました。でも振り返ると、逆に1セット目を取られたおかげで、2回戦3回戦を勝つことができたと思います。

—会場の雰囲気は、影響が大きいですか?
そうですね。会場が広くて人が多くて、普段の練習の雰囲気と全然違います。2回戦の相手もインターハイベスト4のチームで優勝候補でしたが、自分たちは前日に一度試合をやっていて、相手は2回戦が初試合だった。自分たちは会場の雰囲気に慣れていたので、それを生かして相手を突くことができました。

春高バレー全国大会

—春高バレーという大舞台を経験されて、どうでしたか?
全国大会はワクワクする気持ちと同時に、緊張もあります。だけど、弱気になることはなかったですね。最後の大会なので、「やりきって終わろう」とみんなで話しあっていました。初戦の1セット目は動きが固くてとられましたけど、自分たちは勝てると信じていたので、「リラックスしていこう」と声をかけ合って勝つことができました。

—水島さんはゲームキャプテンを務めているそうですね。
チームキャプテンとは別に、練習中や試合中に技術的な声かけをして、チームをまとめる役がゲームキャプテンです。最初、ゲームキャプテンに指名されたときは、試合で中心となる役割なので、自分で大丈夫かなと思ったんですが、なんとかやり抜くことができました。

—ゲームキャプテンとして、意識して取り組んだことは?
人前で話すことが得意ではないので、プレーや行動で示すことを意識しました。最初のうちは自分自身も足りない部分があり、厳しいことも良いことも言われ、成長してこれたかなと思います。

—春高バレーでもゲームキャプテンとして活躍されましたね。
得点で、というよりは、声かけでみんなのプレーをリラックスさせたことですね。緊張している人にはおもしろいことをしたり、普段と同じように喋ったり。これをやればほぐれるだろうなってことをその場でパッと言って、笑ったらこっちの勝ち。「ここでバレーできるのも最後だし、試合を楽しもうぜ」と言ったりしました。

—最初にバレーボールを始めたきっかけはなんですか?
バレーボールをしていた姉の練習についていって、ボール自体には3歳くらいからずっと触っていました。しっかり始めたのは、小学3年生のときスポーツ少年団のバレーボールに入ってからです。今のチームメイトの赤川くんに誘われました。赤川くんとは、もう9年間のチームメイトになります。

—一緒に北陸高校に進学したのですね。
中学校の先生が「できるだけ一緒のところに行った方がいいんじゃないか」とアドバイスをくれて、決めました。僕はアタッカーで、赤川くんはセッターなんですけど、9年間やっているだけあって、息が合うというか、他のセッターとはやっぱり違います。

—毎日の練習のスケジュールを教えてください。
朝7時から朝練があり、授業が終わって午後4時から部活で、8時半まで練習をして帰宅するという感じです。鯖江から電車通学しているので、朝練できる時間は限られているんですが。

—強くなるために、自主的にノートをつけているそうですね。
中学生のとき、強制的に1日1ページほど練習で思ったことをノートに書いていました。でも、自分は飽き性で書かなくなってしまうので、練習をやっている中で、今日はあれが良かったな悪かったなと思ったことを書いたり、雑誌を読んでいいなと思ったことを書き留めたりすることを続けています。大会前はもちろん、ふとしたときに読むとモチベーションが上がるし、もっとがんばらないといけないなと思えます。ノートは、これからも続けていきたいですね。

—練習で心がけていることは何ですか?
試合をイメージすることです。何本も何本も練習するので、つい流してしまうこともある。でも試合を意識して、本数を決めてやると実際の試合で全然違います。試合で実力発揮できるかどうかというのは、普段の練習からだと思うので、そこのところは大切だと思います。なかなかできないですけどね。

—自分の持ち味や強みはなんですか?
レシーブです。僕は身長が178センチで、体格的にはチームで下から数えた方が早いです。子どもの頃から身長が低かったのですが、小学校の先生から「将来バレーをしたいと思うなら、レシーブを磨いて頑張った方が道がある」と言われたので、小中高とレシーブを頑張ってきました。
北陸の牧野監督も、「小さくてもバレーができる」というのがモットーで、早いコンビプレーでカバーするためにはレシーブが大事になる。それが、北陸のスタイルでもあります。

—チームメイトや、監督、コーチとの関係はいかがでしたか?
北陸のバレー部は上下関係があまりなくて、後輩も先輩と気軽に話したり、遊びに行ったりするような仲です。厳しいこととか全然なくて、「もっと厳しくした方がいいんじゃないかな?」って思うぐらいでした(笑)。コーチとはバレーのことはもちろん、学校のことも積極的に話ができるくらい距離が近いです。

—それだけ仲が良くて、試合で強いのはすごいですね。
いざバレーとなったら、厳しいことも言い合える仲間です。普段からなんでも話せるから、いろいろ言えるというのがあるのかなと思います。監督やコーチも厳しく指導をするのではなくて、どちらかというと自分たちで考えさせるというか。北陸にきたら自主性がすごく身につくと思います。

—先輩として、後輩に指導するときはどうですか?
本当は自分で考えてやった方がいいと思うので、どうしてものときに「こうした方がいいんじゃないか」ということを言います。自分で考えてわかったときが一番おもしろいと思いますし、「もっとやろう」と思ってくれると思うので。

—同級生のチームメイトとの関係はどうですか?
実は、中学のときに『ジュニアオリンピックカップ』というのがあって、全国大会に中学生から選抜で12人が選ばれたんですけども、そのうちの7〜8人が一緒に北陸に入学したんです。それまでずっと福井高校が春高バレーやインターハイに連続出場していたので、それを阻止して、自分たちの力で勝って全国で活躍しようという目標がありました。

—それが北陸に入った理由なんですか?
はい、「福井高校を倒す!」という目標で、北陸を選びました。自主性を重んじて、自分たちでできる北陸のチームの方針が自分に合っていると思ったんです。実際に入学して、北陸はトレーニングセンターなど他の高校にはない部分があって、バレーに打ち込むのに充実した環境でした。

—勉強とスポーツの両立は大変でしたか?
そうですね。でも、普通コースはそこまで難しくもないですし、テスト期間はしっかり勉強の時間も使えるので、あまり苦労はしなかったです。男子バレーボール部は赤点とって再試になったら坊主になるんです(苦笑)。1年生のとき、期末テストの英語で赤点とって坊主になってからはしっかり勉強して、それ以来坊主にはなってません!

—北陸での3年間で、学んだことはなんですか?
個人的には、スポーツをしていく上でメンタルの重要性がわかったことです。メンタルの部分では、人に言われてからやるより、自分で考えて行動する自主性が一番成長できる要因かなと思います。
『ナンバーワンメンタルトレーニング』という本に、「モチベーションがある」とか「常に前向き」とか、トップアスリートの持つ最強思考という項目があって、最初読んだときは当てはまるものがなかった。今になってみたらだいぶ当てはまるかなと思うんですが、そうした勉強をしたおかげで今があると思います。

—3年間で、一番辛かったことはなんですか?
自分は1年生のときにスタメンで使ってもらってから、ずっと試合に出させてもらっていました。2年生のときは、春高バレーの予選決勝で3年生がでていなくて、2年生の力で3年生の先輩を春高の本戦に連れていきたかった。でも、そのときにはエースの自覚というか、先輩を本戦に出したいという思いが足らなくて負けてしまい、情けないなって…。一番苦しい、難しい時期でした。

—その時期をどう乗り越えましたか?
ポーランド代表のキャプテンをしているミハウ・クビアクという選手がいるんですが、身長が192センチしかなくてスパイクを打てる、その技術面やキャプテンとしてのリーダーシップ、スター性が素晴らしいなと思って、ずっとその選手を目標としてやってきました。
そしたら高2の冬に、日本のクラブに移籍してきて、実際に生で見ることができたんです。憧れの選手を生で見て、やっぱりバレーについてもっと考えないといけないなと思いました。その時期と春高バレーの予選決勝に負けた時期が同じで、それからはバレー一筋で本気でやろうと思いました。

—日本大学にスポーツ推薦で入学が決まっていますが、 これからの目標を教えてください。
近い目標は、大学1年生でレギュラーに入ることで、リーグ戦の優勝です。全日本インカレでは、日本一を目指してがんばりたいです。遠い目標としては、Vリーグの選手になって、将来もバレーを続けていけたらなと思います。

—最後に、未来の後輩にアドバイスをお願いします。
目標を作ることですね。目標に対する思いが強ければ強いほど、競技に思いきり取り組めるし、弱ければ妥協してしまうものなので。自分の目標を持つことが大事だと思います。

PROFILE
鯖江中学校出身。男子バレーボール部のゲームキャプテンを務める。インターハイベスト16、春高バレー(第70回全日本バレーボール高等学校選手権大会)ベスト8などで、エースアタッカーとして勝利に貢献。春から、日本大学に進学する。

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