もっと強い自分へ。挑み続ける北陸のstrongerたち。
vol.10 人と関わり、交流し、
社会を変えていく仕事がしたい。

普通科特別進学コース
特進クラス 3年

田渕 緋菜

普通科特別進学コース
特進クラス 3年

田渕 緋菜

—『ビヨンドトゥモロー※』の米国サマープログラムに参加されたそうですが、 応募のきっかけはなんですか。
学校にビヨンドトゥモローのチラシがあって、私がガールスカウトでいろんな活動をしていることを知っていた担任の先生から「応募してみたら」と言われたのがきっかけです。

小学1年生のときにガールスカウトに入り10年以上になるんですが、貧困や差別など様々な社会課題について考え、解決のために行動する活動を続けています。また、知的障がいのある妹がいるんですけど、身近に障がいのある人がいることで、健常者と障がい者の双方がつながっていると感じられる社会の実現が大切だと感じていたこともあり応募しました。

BEYOND Tomorrow※『ビヨンドトゥモロー』

給付型の奨学金支給と、人間的な成長を促す人材育成プログラムの2本柱から成る事業。社会経済的に困難な状況にありながらも、他者のために生きる存在となるべく、高校卒業後に進学を志す若者を選抜し、財政的に支援するだけでなく、日常生活の中では得られない学びの機会を提供し、人間的成長を促している。

—全国からたくさんの応募があるなかで、選ばれたそうですね。
そうですね、倍率は10倍以上と聞きました。一次試験では課題文が出され、それに対する小論文のようなものを書く書類審査がありました。二次審査は面接で、奨学金を出してくださる企業の方たちの前で、5人位に分かれてグループディスカッションをしました。それが高校1年の3月頃です。

—決定から留学までの間にも、いろんなプログラムがあったそうですね。
まず4月頃に、合格者が集まるスプリングプログラムがありました。そこで、みんなとの仲を深めたり、どういう背景があって参加したのかを話したりました。あと、1年間のプロジェクトを自分で計画していくんですけど、その内容をどういうものにするかなどを話し、最終日はみんなでキャンプをしました。

—田渕さんはどんなプロジェクトに取り組んだのですか?
私は「食育」をテーマにしました。高2の夏に、中学校で栄養教諭をされている先生に会いに行き、「どういう思いで給食を作っているか」とか「食育はどうなっているのか」といった話を聞きました。
留学先は、アメリカと韓国のどちらかを選べたんですが、私はアジアとはまったく違う文化の土壌を見てみたいと思っていたので、アメリカと日本の食育の違いも調べました。いろいろ悩むこともあったけど、一人ひとりに社会人のメンターの方が付いてくれたので、その方にいろいろ相談しました。

—実際の米国サマープログラムについて教えてください。
期間は14日間で、最初にボストンに行きました。ボストンではハーバード大学やマサチューセッツ工科大学(MIT)など、大学を中心に教育関係の施設を見ました。次に行ったのがワシントンD.C.で、政治の中心であるホワイトハウスを見学したり、世界銀行で働いてる方たちと話しました。最後に、ニューヨークでいろんな人種がいる多様性を育む土壌はどんなものかなどを調べ、アメリカで働く方のそれぞれの思いなどを聞きました。

これまでアメリカって言うとひとくくりで感じていたんですけど、都市ごとに雰囲気が全然違ってて。ボストンは学生が多く、ワシントンD.C.は町がきれいで、ニューヨークは人の多さにびっくりしました。

—現地で話を聞くときは、すべて英語ですか?
そうなんですけど、高校生には、大学生の参加者が通訳して聞かせてくれるんです。自分でもヒアリングをしてみたんだけど、英検はまだ準2級なので難しかったです。自分で聞けないもどかしさがすごくありました。

—どんなエピソードが印象に残っていますか?
小学生から高校生の子どもたちが集まるキャンプがあったんですけど、やっぱり国は違っても、おんなじ子どもなんだなって感じたことです。いじめられたりとか、親が仕事でいなかったりとかする子どもたちが集まっていたんですけど、自分と感覚が似ていたりして。一緒に遊んでいると、気持ちが通じ合っていく感覚がありました。

—帰国後のプログラムを教えてください。
東京で、奨学金プログラムで援助をしてくださった企業の方たちの前で、学んできたことを発表しました。他にも、リーダーズプログラムというのがあり、全国から集められた高校生や大学生たちと、「若者が輝く社会」をテーマにグループディスカッションをしました。1年間を通じて、大人の前で発表をする機会が何度もあったので、だいぶ度胸がつきましたね(笑)。

—ビヨンドトゥモローを経験して、得たものとは?
今はネットですぐにいろんな情報が得られるけど、自分がその場所に行き、探し、得られるものというのは大きかったです。行動力が身に付いたし、人脈を得ることができ、自分で考える力も身に付きました。いろんな話をただ聞くだけじゃなく、そこから自分で咀嚼していくことが大事だと思っても、なかなかできないものなので。

あとは、ビヨンドトゥモローで知り合った仲間とのつながりです。AO入試のときも、1歳上の先輩が厳しく的確なアドバイスをくれました。一緒にいろんなことを経験した仲間が、青森や種子島、沖縄など全国にいるので、大学生になったら会いに行きたいなぁと思ってます。

—ガールスカウトの活動は、今も続けていますか。
はい。今はレンジャーとして土日に集会に参加したり、募金活動をしています。福井の第9団に所属しているんですが、最近けっこう増えて30人位います。今までお世話される側だったのが、今はお世話する側になっているので、なんか成長したなぁと思いますね(笑)。まとめる側の方に自分がなってるんだなって。これからもずっと続けて、リーダーになりたいです。

—勉強、ガールスカウト、留学の両立は大変だったのでは。
ガールスカウトの課外活動はやりたいからやってるので楽しめるんですけど、やっぱり学校の勉強は大変でした(苦笑)。とりあえず先生からもらった課題を素直にやろうって思って、毎日20時までラーニングコモンズで勉強したり、先生に積極的に質問したりしました。あと、毎週実施されるテストで自分のわからないところが明確になるから、それに取り組んでいきました。

—北陸高校の先生方の存在は大きかったですか。
そうですね、自分ひとりじゃ絶対にできなかったです。先生は、いろんなことを話せて、相談できて、親しみやすいんだけど、ちゃんとしっかり支えてくれる。北陸は生徒数が多いので、入学前は「大勢の中に埋もれちゃうんじゃ」と思ったけど、一人ひとりをしっかり見てくれます。担任以外に、教科の先生も「成績が上がってきたね」とか声をかけてくれるので、「手厚いなぁ」と実感しています。

—そもそも北陸を選んだ理由はなんですか?
第一志望じゃなく併願受験だったので、入学前は正直、不本意な気持ちもありました。けど、高校受験失敗が自分の中で大きくて、そこから取り返すというか、「大学は第一志望に行く」というのが大きなバネになり「頑張ろう!」という気持ちに変化しました。

—AO入試で、奈良女子大学文学部に合格されましたね。
はい。奈良女子大学に行きたいというのは決めていたので、公開講座やオープンキャンパスに参加し、情報収集をしながら志望理由書を書きました。高1のときは「将来は管理栄養士になって食を支えたい」って思ってたんです。でも、様々な勉強をしていくなかで、いろんな学びができる文学部の人間学教育に進みたいと思うようになりました。

—どういう内容で、志望理由書をまとめられたんですか。
この大学なら自分がやりたいことができるというのと、あとは妹のこと、ガールスカウトの活動やビヨンドトゥモローの米国サマープログラムなど、今まで自分がやってきたことがひとつの軸になっていること、つながっているということを書きました。自分がやってきたことの集大成としてまとめることができたと思います。でも、40回ほど書き直して、めっちゃ大変でした(苦笑)。

—田渕さんにとって、妹さんはどういう存在ですか。
やっぱり身近に障がいを持つ妹がいるから、自分は理解があるんだと思います。もし妹がいなかったら、障がいを持つ人たちに何か違う思いを抱いてしまっていたかもしれない。だとすると、もしかしたら今ある差別も「そういう子供たちと身近に交われたら無くなるのかもしれない」ということは、いろんな人と話をして学んだことです。

—大学では、どんなことがしたいですか。
大学でも留学したいですね。アメリカの、次は貧困地域とかに行きたいなと考えています。ただ、やっぱり言語が壁になるなっていうのがわかったので、今はTOEICや基礎英語の勉強を頑張っています。
それから最近は「子ども食堂」も気になっていて、それにも参加したいし、ガールスカウトも続けたいし、やりたいことがいっぱいです(笑)。

—将来の夢を教えてください。
まだひとつの職業には決めていませんが、人に関わって、人と交流して、社会を変えていく仕事がしたいです。その社会が、今の私には地域とか日本とかという範囲だけど、留学でもっと視野が広がれば、世界を変えたいと思うように広がっていくかもしれません。

PROFILE
福井大学教育地域学部附属中学校出身。小学1年生からガールスカウトに参加。高校1年のときビヨンドトゥモロー(※)に応募し、米国サマープログラム2016に参加。奈良女子大学文学部人間科学科(教育学・人間学分野)に、AO入試で合格。

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